女はただ黙っていた。
静かに、静かに、椅子の上で目を伏せ、座していた。
張り詰めた空気は、静寂を吸収してさらに重く変質し、辺りを満たす。
それはまるで全身を射抜くようで、それで居ながら、胸の内にまで染み入るようで。
戦慄に、指先が震えた。
――とん、と。
あまりに重い静寂に響く、かすかな足音。
少女は部屋の一角、白い扉の傍らでそれを聞きとめて、弾かれたように視線を投げた。
縋るような眼差しが、酷く曖昧な灰色を捉えて。
一瞬だけ絡んだ視線は、特に興味らしいものを持たず、女と同じように伏せられた。
いくらかの沈黙の後、それが開かれて。
見上げた濃く深い鮮血色は、呆れを纏っていた。
「あんたも、意気込みすぎだろ」
真っ直ぐな男の声は、刃のように女を刺す。
敵意も悪意もない声さえもそうと聞えるほどに、その空間そのものが鋭利だったことに、気がついた。
けれど、刃のような声は、女の放っていた殺意だけを、切り刻んだかのようで。ふわりと辺りが和らいだような気が、した。
ゆるりと開かれた女の瞳が、いつものように、微笑む。
「気も、張るさ。この都市は、わしにとって思い入れが強すぎる」
「来たばっかの場所に、どんな思い入れがあるんだか」
「そうさの、似ている。と。それだけで幾年と過ごしたような気分になるものでな」
懐かしむような眼差しは、何を見ているのか。
少女は、男だって、知らない。
だけれどそれを理由に口を噤む少女とは対照的に、男はただ一言、感情のない声を返した。
「あ、そ」
そうしてから、ようやく傍らの少女に目をやって、大きく、ため息をついた。
「精々、突っ込みすぎてドジんなよな」
それは、女へと向けられた言葉であり、少女へと向けられた言葉であり。
口にされることで、少女は初めて、自分が緊張していたことに、気がついた。
「……平気、よ」
響く、優しい、女の声。
黒い壁に溶け込むような漆黒色の女の金色の瞳が、柔らかく照る月明かりのような穏やかさで以って、少女を見つめる。
「駆ける場所は違うけれど、願う先は、きっと同じ」
誰と、誰が。
明確にはしないまま、女は紡ぐ。
「だから、頑張りましょう」
それが誰かを救う糧となるはずだから。
歌うような、囁くような。
声に、言葉に、少女は頷いた。
脳裏には初めて見る凄惨な終焉がいまだ根強く残っていたけれど。
明るく鮮やかな果実色の瞳には、希望を見据える決意が宿っていた。
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